気づいたら10年打ち込んでいた元スケーターの備忘録

元大学生フィギュアスケーターが10年間のスケート人生を通じて感じたことを、当事者ならではの視点から書いたり、そんな私の感性に刺さったモノを紹介します。

ついに迎えた現役引退 ~最初で最後の「引退」が見えて、そこを通過して感じたこと~

大学のフィギュアスケートの引退は、

4年時の1月~3月頃と部活の引退としては遅めです。

そして、フィギュアスケーターは大学卒業で競技を引退することが多いです

 

今回は、私のスケート人生において、これまでの人生においての

最大の節目といっても過言ではない「引退」について書いています。

 

私が初めて「引退」というものを意識したのは、大学1年の3月の試合でした。

それまで中学高校とスケートを続けてきましたが

引退というワードが頭に浮かんだことは一度もありませんでした。

 

中学高校の頃はフィギュアスケートを部活としてやっている人は少なく、

ほとんどの人は地域のクラブや教室に入りスケートをしています。

クラブでは同じ先生についている子たちと一緒に練習したりもしますが

習い事の感覚に近いので、学校の部活とはまた少し違うような気がします。

 

私は、高校3年の時に大学受験でスケートは休んでいました。

当時は大学でもスケートを続けるかは決めていなかったので、

これが最後の試合になるかもしれないと思いながら、休む前の最後の試合を終えました。このときは、自分はスケートを引退するのだななどとは全く思っておらず

本気でやってきた習い事に区切りがついたな、くらいの気持ちでした。

そこできっぱりやめると決めていれば、また話は違ったと思いますが。

 

そして、大学受験が終わり、大学でもスケートを続ける決断をします。

大学1年3月の試合で、4年生の人が引退する様子を見て

初めて「これが引退というものか」と思いました。

演技が終わり、リンクサイドへ戻ってくる選手の表情、先生とのやりとりなど、

これまで積み上げきたものがにじみ出るような、胸が熱くなる瞬間でした。

 

大学の後半戦である3・4年は常に

自分はどう引退を迎えたいか」を考えながらスケートをしてました。

先生からも「最後に、ここまでスケートをやってきてよかったと思えるようにしなさい」と言われ続けました。毎年の試合で4年生が引退していく姿を見て

私の中では、やはり引退というのは特別なものなのだという感覚が強くありました。

 

そしていざ、自分が4年生になり、同期が引退し、自分も引退すると

1・2年の頃に思っていたよりもあっけなくその時が過ぎてしまいました。

後輩から見て今の自分は、自分が数年前に見ていたような4年生に見えていたのかな、と。

 

引退試合とはいえ、これまでたくさん出てきた試合の中の一つです。

それだけで完結するものではなく、そこに向かってどのような思いで

どう取り組んで来たか、そのプロセスが大事であり、かけがえのないものであり

その最終地点が引退試合なのだと思いました。

 

引退試合だけでなく引退の年は、一つ一つの試合が名残惜しく、

これまでに以上に貴重なものであると同時に、これまで支えてくれた多くの人たちへの感謝の気持ちが大きくなった年でもありました。

 

この年は、すべての試合がその試合は最後となり、毎回何かの最後を感じます。

いつも一緒に練習している仲間や後輩の前での最後の演技、

先生と臨む真剣勝負の最後の試合、スケートを始めたときから

ずっと応援してくれていた家族が見に来てくれる最後の試合。

 

引退が近づくにつれ、自分はこれまで本当に多くの人に支えられ

その人たちがいたからこそここまでスケートを続けてこられたんだ、と

体の奥底から感じる思いが強くなっていきました。

 

だからこそ、よい演技をして結果を残して、

応援してくれた人たちに感謝の気持ちを届けたい

おこがましいですが、私のスケートから少しでも何かを感じてくれたら嬉しい

という思いで、引退の年の試合は挑んでいました。

毎試合、嬉しくて悲しくて寂しくて、涙を流していました。

 

引退が迫った4年の1月・2月の試合でこれまでにないほどのボロボロな演技をしてしまったときは、涙が止まりませんでした。

これまでのような、練習してきたことができなかった悔しさの涙ではなく、

大切な人たちが見てくれていたのによい演技ができなかった、

自分のスケートができなかったことが、申し訳なくショックでした。

 

そんな中、ついに迎えた引退試合

もちろんたくさんの人への感謝の気持ちはありますが

前の試合では、それを強く思い過ぎたがために

うまくいかなったところがあったのかなとも思い、

最後の最後は自分のために滑ろうと思いました。

 

スケートが好きだという純粋な気持ちを忘れないで

気持ちよく最後まで滑り、笑顔で終われるようにしようと思ったのです。

最後は泣かずに終わることができました。笑

 

これは、人の一生にもつながることなのではないかなと思います。

人には死という人生の引退が必ずあります。

それがいつかはわかりませんが

終わりを意識することで、自分が今何をすべきか、何をしたいかを考え、

引退までの期間をより輝くものにできるのではないかと。

 

そして、いかに自分はたくさんの人に支えられているか。

周りの多くの人への感謝を忘れずにいること。

大切な人のためだからこそ頑張れたり、想像以上の力が発揮できることがあります。

 

でもそれだけではなく、自分自身も楽しみ、生き生きとすることも

同じくらい大事なのではないかと思います。

それが誰かの力になっていればとっても素敵だな、と。

 

少し大げさかもしれませんが

スケート人生というものを通して、「引退」を迎え、私はそんなことを感じたのです。